じぶん材料あつめ
by abekama
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今日、バイト先の花屋でおおきな芍薬が4本売れました。
それはとてもとてもきれいな赤紫の花です。

かえりみちのとある交差点。
さっき売った芍薬が道ばたを飾っていました。
そこにはたくさんの花がいつも絶え間なく添えてあります。
「死亡事故現場」
というおおきな看板と共に。

花は人の思いが加わることで美しく見えるのだと思いました。
結婚式、お葬式、お見舞い、誕生日…。
私が作った花束が誰かの手にゆだねられた瞬間、そして、その人が誰かに渡した瞬間。
それがたとえ路上でも、美しく輝いていて、すこし私も嬉しくなったのでした。
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by abekama | 2006-05-22 16:44 | ひびのこと
7.宗教
世界を凝縮したような国、インド。
インドは宗教の国だ。あらゆる宗教が混在している。
ヒンドゥー教、仏教、イスラム教、スィク教、ゾロアスター教、ジャイナ教、ユダヤ教、キリスト教…。
その混沌とした宗教背景の下にインドの生活がある。

主に大半を占めるのがヒンドゥー教。多神教のこの宗教はまさにインドらしい自由で、時に残酷で、適当な宗教だった。
そして彼らは生活の中に悠々と流れる、あのガンジス川(ガンガー)のごとく、ゆったりとマイペースな暮らしをしていた。

彼らの大半は欲があまりないのだろう。
欲は国を発展させるほど、大きな力を持っているが、彼らは生活ができればいいのだ。
その階級にあった生活ができれば。
お金を稼ぐというよりは、日々の暮らしを楽しむこと。
みんながみんなそうではないが、そんな気がした。
それはとてもスローライフのお手本のような気がしたし、うらやましくもあった。
せかせか稼いでいる日本人は見習うべきところがあるのではないか。
何が本当に豊かな生活なのか、もう一度考えてみる。
素直に考えれば答えはすぐ出てくるはずだ。

ガンガーにも、聖なる湖・プシュカルレイクにも、そして町の中にもいつもあったのは色とりどりの花。
死者を想い河へ花かごを流す。
寺院へ供える。
道ばたの小さなほこらを飾る。
それはあまりにも愛らしく、美しい。
まるでアイドルのファンのごとく、彼らは神を愛している。
オートリクシャーの運転手は好きな神のシールを自分の目に見えるところに貼っている。


かといって、ヒンドゥー教がすばらしい宗教とは決して思えない。
争いこそしないが、今も無意味な苦行や、思想が残っている。
例えば、カースト制度。
ガンジーによって一時は廃止されたが、うまく広まらず、結局最下級スードラの子はスードラでしかないのだ。
それもヒンドゥーの法であり、なかなか覆すことの出来ない無意味極まりないものである。


とはいえ、あまりにも複雑なインドの宗教をたった一ヶ月の旅で理解することは到底無理な話で、結局のところは私にも分からないし、インド人にも分からないだろう。
ただ、言えることは、その文化の中に日本、いや世界が見習うべき事がたくさんあったということと、経済発展途上のインドが忘れかけているものもまた、たくさんあるということだ。
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by abekama | 2006-05-07 22:03 | たび
6.ラクダに乗った少年
ケムサファリするか?

なんだよケムサファリって!

インド人の発音はすこしおかしい時がある。サンキューじゃなくてタンキューとか。
ケムサファリはキャメルサファリのことだった。
ラクダに乗って砂漠を歩く。
値段は少し高めだったが、ラクダになんてめったに乗れるものじゃあないので、奮発してしまった。

ラクダ使いの少年が一緒に乗ってくれる。
予想通り高くて、すごく揺れる。
私は一番短い3時間コースを頼んだが、それは正解だった。だって、酔うし、お尻もすごく痛い…。これ1日コースだったら死んでるな。と乗って数十分後に思う。

少年の名前がどうしても思い出せない。
書き留めておけば良かったのだが、ものすごく揺れるので、そんなことは無理な話だった。カメラのレンズカバーもインドの砂漠の中に消えていったほど、揺れが激しいのだ。

少年は簡単な英語で一生懸命話しかけてくれるのだが、あまり理解できず(私の頭がわるい。)、後ろと前に乗っているので、顔も見られないのでジェスチャーすることも困難だった。
何歳?ていうのは聞こえて、答えて聞き返すと
「何歳に見える?」
なんて30近いOLみたいな答えが返ってきた。
結構小さかったし、顔もおさなかったので、
「12歳?」
と返すと、
「15歳だよ。」
と少しショックを受けたような返事が返ってきた。
ごめん…。
インドの子供は栄養不足気味なのか、成長が遅いような気がする。
やっぱり昔の日本と似ているな、と思う。


「チャイ飲む?」
ラクダの振動に疲れ切っていたので、すかさず「飲む!」と答えるが、いったいこの砂漠のどこに喫茶店があるのだろうか??という疑問がよぎる。
少年は遠くのオアシスを指さす。
「あそこに小さな村があるんだ。みんなとてもいい人だよ。」

インドにきてまだいい人に会っていなかった時期(アーグラに行く前)だったので、とても嬉しくなってしまった。
そして村に着くと一軒の民家に案内される。
そもそもこんな小さな村に喫茶店なんてあるわけがないのだ。

そこにいた家族はみんな気さくで、ちょっぴりシャイで。あったかい人たちだった。
チャイをごちそうになり、写真をいっぱい撮らせてもらい、しまいには夜ゴハンまでごちそうしてくれた。
いつものチャパティーと、オクラのカレー。とても素朴でおいしかった。
日本でもおうちの料理はとてもおいしい。レストランにはだせない味。

たくさん飼っているヤギたちと戯れ、帰路に着く。
「写真をここに送ってくれないか」
おやじがヒンディー語でさらさらっとアドレスを書いてくれた。
まったく分からない。
どこまでが住所で、どこからが名前なのだろう…。
はたしてこれは届くのだろうか。

それはともかく、少年のおかげでとても貴重な体験ができた。
本当に純粋なインド人に出会えたことはこの旅で、一番の思い出になった。

またいつかインドに行ったときはまたあの村に行きたい。私のことを覚えていてくれるだろうか。

日が落ち始めてあたりは真っ暗になり、帰路を急ぐ。
ラクダは容赦なく揺れ、何度も振り落とされそうになる。
そんなとき少年はしっかりと掴んでいてくれる。
たった3時間とは思えない濃い経験をさせてくれた少年。
ほんうにありがとう。

目がとってもきれいな少年だった。力強いいい目をしていた。
きっと10年後はステキな大人になっているにちがいない。
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by abekama | 2006-05-02 21:59 | たび